著者、ジリアン・テッドは、ケンブリッジ大学で文化人類学を学んだフィナンシャル・タイムズのアメリカ版編集長である。新聞にフロントランナーとして人物紹介されており、美人の表紙写真にも魅かれて手にした。経済学を文化の視点から徹底的に勉強したという。
現代の組織で働く人々は、時として愚かしいとしか言いようのない集団行動をとる、そして、時として自分に何も見えていないようなことに気付かない。その理由の答えが「サイロ」である。複雑化する社会では、効率的に対応するため組織の細分化と専門特化が進み、誰も自分のサイロ以外で何が起きているか知らないし、知ろうともしなくなっている。また、そんな仕事のやり方が当たり前で、別のやり方があることを考えようともしない。その現象を「サイロエフェクト」と呼ぶ。日本語でいえば、「タコツボ現象」とでもいえよう。
もちろん、複雑化した社会において、専門化、複雑化に対する体系化を否定するわけではないが、総合的な柔軟な視点で世界を見る必要がある。その分析のフレームワークとして、人類学が有効である。人類学というとアジア、アフリカの民族の研究かと思われるがそうではない。ブルデューというフランスの学者の研究について、1章を割いているが、人間社会は、ある種の思考パターンや分類システムを生みだし、その中で人々は、物理的、社会的環境や習慣の影響を受け、強化する。人間のあり方を規定する、明示的、暗黙の文化的パターンを研究する学問である。
サイロエフェクトのマイナスの影響を受けた代表としてソニーが挙げられている。1999年、ソニーは3種類の新しいウオークマンを開発し、発売したが情報を共有しない別々の部署の開発によるもので、失敗に終わった。それを遡ると独立したカンパニー制の経営によるものであった。他にも、スイスの大手銀行USBのサブプライムローンによって被ったリスク、イングランド銀行等のエコノミストたちによる金融システムの指導の失敗を挙げている。
一方、サイロエフェクトを打破して成功した例として、フェイスブックのソーシャルエンジニアリングと称する技術者の働かせ方を挙げる。すなわち、① 狭い場所に詰め込んで、創造性を引き出すためのハッカソンと呼ぶ環境、② 異なるプロジェクトで働く人々を集めて、アイディアや近況を報告し合うブートキャンプと称する場、③ 建物自体を技術者が相互交流しやすい環境にする等、を工夫している。もう一つの例として、クリーブランド・クリニックでは、医師の視点ではなく、患者の視点で体の部位、疾患毎に複数の診療科を集めた、脳疾患センター、消化器疾患センター、心臓、血管センター、がんセンターといった診療センターの再編成。そして、患者の共感を呼ぶ研修制度の実施等。
最後に、まとめとして、サイロに囚われない教訓として、① 大規模の組織においては、部門の境界を柔軟で流動的にしておく、② 報酬制度やインセンティブは、組織の部門別でなく、協同重視にする、③ リスクを考えて、情報を各部門が抱え込まないようにする、④ 世界を整理する組織の分類表を定期的に見直す、を挙げている。
さらに、人類学の視点から、インサイダー兼アウトサイダーの視点で自分たちが世界をどう分類しているかを見直してみることにより、異なる文化、社会、システムを比較し、他者について学び、自らの生き方を新たな目で見直すことで、視界が開けてくると指摘している。
(杉山 哲朗)