元松下電子工業の加納 剛氏が、パナソニックの元役員、京都大学、大阪大学、京都工繊大の教授、ノーベル賞受賞の中村修二氏、アメリカコロラド大学の教授等とイノベーションから新しい価値を創造する「起業工学」について、議論し、各メンバ-の想いと事例を述べた論文を集めたものである。日本復活のために技術者が挑戦すべき考え方を教えてくれる。
・日本の現状と実態の事実
今の日本は、社会への不満が少なく、イノベーションへの挑戦意欲が忘れられていて、新たな世代の人々に達成感を得る機会をなくしている、「満たされることのないユートピア」の世界と言え、新しいビジネスを創りだす「チャンスの文化」をつくる必要がある。
実態の事実: ① 2015年現在、債務1062兆円、歳出96兆円、税収54兆円、② 学術論文数の順位 アメリカ、中国、イギリス、ドイツ、日本の順、③ IMDの国際競争力 21位(理由 ビジネス、政治の効率が低い)、④ 研究者の数 日本83万人、アメリカ165万人、中国140万人、EU15ケ国145万人、⑤ 大学の世界ランキング アメリカは、25位までに18大学、日本は、東京大学が23位。
・サイエンスとエンジニアリングではイノベーションは起きない。デザインによる、文化的価値をもった技術の創造が必要。(スティ-ブ・ジョブズの言 リベラルアーツや人間らしさと一体化した技術で、人の心を歌わせるような商品)これから求められるものは、技術と文化のつながりをもつカルチャー・テクノロジーの商品(例 インターネッットはデジタル技術で、世界を結んでいる)
・アメリカは教授も学生も、ベンチャー精神が旺盛。優秀な学生から、① ベンチャーの立ち上げ、② ベンチャー企業からのスカウト、③ 知識、キャリアが得られる中小企業、④ 大企業、公務員、の順で職を選択する。若者よ世界へ出よ。(中村 修二氏)
・機能とコストを着実に進化させていく連続的なKAIZENに対し、不連続的で飛躍的な進化を実現するONE・ZENが必要。価値の創造は予測不可能な進化によって生み出される(例 電灯の発明)。経営者には、変化に挑み、リスクをとる覚悟が求められる。さらに、若い技術者の直観を尊重するイノベーションを引き出すことが必要である。
・日本文化の歴史には、イノベーションを復活させるDNAがある。「諸行無常」(万物は変化し、永続するものは何一つない)、「不易流行」(理念、ポリシーを変えずに、時代の変化とともに新しいものを創る)、「知行合一」(知識と行動を一致させ、武士道の倫理観によって多くの危機を英知で乗り越えてきた日本人の能力)の考え方はイノベーションの根幹をなす。
・京都にはイノベーションの事例が豊富にある。西陣織、京友禅、京焼き、京仏具といった「京もの」と呼ばれる商品。匠の宮大工(仕上げに電動カンナを使わない)、京都の漬物(少しずつ味をかえ、サラダ感の新商品を開発)、膠(接着力があり、下地を損傷することなく剥がせる)、京都八つ橋(古いものを大事にして残しながら、いいものを長く残す)
イノベーションの資質をもった人材を探しだし、必要な教育をして伸ばす。さらに、そういう人にチャンスを与えて成長させる優れた上司が必要である。今の日本に足りないものは、勇気と胆力と覚悟かもしれない。組織内さらには、企業間交流を通して「起業力」を養い、イノベーションにチャレンジしていきたいものである。 (杉山 哲朗)