著者、アランナ・コリンは、イギリスの女性サイエンス・ライター(進化生物学博士)である。専門は、コウモリのエコロケーションで、フィールドワークにでかけたマレーシアで、ダニによる熱帯病に感染した。それを救ったのは大量の抗生物質であったが、それによって体内の細菌にまで影響した。ヒトの体には、440種類、100兆個の微生物が共生しているが、それに影響して体調を崩したのである。タイトルにある通り、ヒトの細胞1個に対し、微生物の細胞の方が9個と多く、9割が細菌でできているのである。彼女が罹ったような、抗生物質、微生物の影響による病気を21世紀病と呼び、過敏性腸症候群、肥満、自閉症、Ⅰ型糖尿病等が挙げられる。
体には、腸、皮膚、口の中、髪の毛等、あらゆるところに細菌があり、例えば、抗生物質の使用等によりマイクロバイオータという腸内細菌のバランスが崩れることで、過敏性腸症候群になる。
なぜ、21世紀病と呼ばれるか。1940年代から現在へと、先進国から新興国へと広がりつつある、品不足からもの余り、体を動かすから座りっぱなしの変化、医療サービスの向上、ローカルからグローバルの社会変化等が要因として挙げられる。こうした因果関係の追求は、ロンドンのコレラ発生の出所を突き止めたスノウのロジックとエビデンスによる疫学による。すなわち、その病気は、「どこ」で起きているか、その病気は、「誰が」なっているか、その病気は、「なぜ」起きているか、が手掛かりとなる。そのさまざまな事例が紹介されている。
・ペニシリン耐性の黄色ブドウ球菌を治療するためにメチシリンという抗生物質が使われるようになったら、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が発現した。抗生物質を使用することが、次の感染症の可能性が高くなるというわけである。医者に罹って抗生物質を使用すると言われた時、そのメリット・デメリットを確かめる必要がある。
・脂肪と炭水化物の過剰摂取だけが肥満の原因ではなく、食物繊維の不足が原因である。また、ヨーグルト等の乳酸菌のプロバイオティクスが、腸内機能の活性化を促進する。
・帝王切開で生まれる赤ん坊の方が、感染症に罹りやすい。赤ん坊は、通常の分娩では、母親の産道を通過する時さまざまな微生物を吸収するが、帝王切開では、衛生管理によって微生物から保護されてしまっている。また、ヒトの母乳にはオリゴ酸が含まれ、それがマイクロバイオータ生成の源になる。粉ミルクの赤ん坊の方が、やはり、感染症になりやすい。
興味深かったのは、プログラマーの経験を持つ母親が、子供が自閉症になった原因が微生物にある、という仮説を立てて医者を動かして調査し、さらにその子の姉がその立証の研究に携わっているという話で、懐疑性をもって論理的に科学を究明しようとする姿勢である。
ヒトは、「生まれか育ちか」が論議される。病気になるか、なりにくいかを決めるのは、ヒトの遺伝子である「生まれ」と、生活様式、食事、危険への遭遇等の環境の「育ち」である。「生まれ」と「育ち」の間に存在するプレーヤーとしての共生微生物であるマイクロバイオータとその遺伝子が重要である。ヒトは、体内に90%存在する彼らと共生していく生活が重要である、というのが著者の主張である。 (杉山哲朗)