藤本隆弘先生は、経済学の立場からものづくりを研究されている学者である。近著「ものづくりからの復活-円高、震災に負けない-」では、震災、原発事故、円高、先進国の経済不安、新興国の台頭という環境から危惧される、産業空洞化論に異を唱え、良い設計、良い流れ、良い現場づくりをめざす日本のものづくり復活のための提案をされている。
背景にある理論は、広義のものづくりは、「付加価値のある設計情報を創造し、何らかの媒体を転写し、できあがった製品(=設計情報+媒体)をお客様に発信し、お客様に喜んでもらう全ての流れに関わる活動」と定義できる。媒体が有形であれば製造業、無形であればサービス業である。「良い設計」とは、顧客に高い機能を提供し、その機能で顧客を喜ばせ、しかも簡素で安価で、社会に迷惑をかけない設計であり、「良い流れ」とは、正確でよどみがなく、効率的で柔軟な流れである。そして、付加価値が生み出されている時間、すなわち、設計情報が転写されている時間が正味時間であり、生産性の向上、リードタイム短縮の余地は大きく、良い設計、良い流れ、良い現場づくりの改善に限りはない。
例えば、農業についても、設計情報は自然に存在する遺伝子情報であり、植物がそれを転写することを人が耕作地でサポートする人工物操作によって、農産物の付加価値を高めるものづくりと考えることができる。そして、耕地の設計、水、肥料、農薬などの環境の管理が農業現場であり、さらに、顧客までの農産物の流れを見れば、顧客が望むものづくりとして、食品加工、流通にまで、改善できる要素は数多く上げることができる。
この理論を展開して、日本のものづくりの新しい視点として提案されていることを挙げる。① 災害時のライン復旧能力の維持、強化策としてのバーチャル・デュアルモデル。すなわち、ふだんから代替生産を迅速に行うことができる組織能力を構築しておいて、あたかも製品が2本の並行ラインを持つことができる形を追加コスト最小で実現し、いざという時、それで対応する。② グローバル競争に対しては、比較優位の理論に従うと、絶対優位にある高生産性工場は国内に残し、海外拠点の生産性向上を支援する。生産、開発とも国内外の二本足で立つ経営をめざす。③ 地球環境保護対策も、良い設計、良い流れで、設計情報あたりの物質、エネルギー消費量を改善する活動としてとらえることができ、日本は、既に、現場、企業、生活者が誘発しあって先進的に活動している。
良い設計、良い流れを実現するのが良い現場である。日本には360円から80円という円高対応を乗り切ったTQM、TPS、TPMのものづくり技術(固有技術としての生産技術とは別)がある。さらに、日本の現場には、優れた問題発見能力、問題解決能力を現地・現物主義で発揮し、現場を人生の大切な一部として生きがいのある場として活躍している人材が備わっている。どんな産業を日本に残せば、われわれの子孫が良い暮らしができるのかが我々の課題であり、日本に良い現場が残っていることがその前提である。
そして、今、産業を超えて、ものづくり技術を共有することによって、地域の強い現場づくり、人づくりの草の根イノベーション活動が進められており、その担い手は、団塊世代を中心とするベテランのインストラクターである。そういう世代の一人として大いに啓発され、今後もその活動に少しでも貢献できれば幸いである。 (杉山 哲朗)