流れを経営する | 一般社団法人 中部品質管理協会

一般社団法人 中部品質管理協会は、品質管理を中心とする管理技術・マネジメント手法を教育・普及する専門機関です。QC検定®対応講座も開催しています。

ホーム > 流れを経営する

 「知識創造企業」から15年、野中郁次郎先生の思索と研究の集大成ともいえる書で、その理論と実践例はこれからの実践知経営の指針となる。
知識創造の理論は、暗黙知(熟練、ノウハウの行動スキルと思いつき(信念)やメンタルモデルといった思考スキル)と形式知(言葉や文章や数値などにより表現が可能で、伝達できる知識)の相互交換プロセスによって経営の真理を追究するものである。そして、Socialization(共同化)-経験から新たな知見を生み出し、多くの人の間で暗黙知の共有を可能にする。Externalization(表出化)-対話、思索によって、知から多くの人に伝えることのできる概念を創造する。Combination(連結化)-形式知の組み合わせによって情報の活用と知識を体系化する。Internalization(内面化)-行動を通じて具現化し、新たな暗黙知を理解、体得する、からなるSECIモデルをスパイラルアップしていくことにより、個人から集団、組織へと知識を質、量ともに増大、発展させていく。
そして、知識創造の理論を促進していく要素として次が挙げられる。知識ビジョン-組織がなぜ存在するのか、どのような存在でありたいか、なぜそれをやるのか、という組織のよって立つ知の根幹であり、知識創造の方向性を与えるもの。対話と実践-対話とは思考の弁証法であり、例えば、なぜを5回くり返すことによる本質の追求、品質とコストの両立を目指す改善である。実践とは行為の弁証法であり、新製品開発における試作と問題解決のくり返しの中で、顧客の要求を実現していくための実践の積み重ねである。場-知識は関係性の中で創られる。対話と実践という相互作用により知識を継続的に創造していくための心理的、物理的、仮想的空間を場と呼ぶ(会議、チーム、メール等)。メンバーの「いま、ここに」の経験が共有され、知の創発が期待される。リーダーシップ-知識ビジョンを設定し、場を活性化、SECIプロセスを促進していく役割を持つリーダーの資質と行動である。何を真、善、美としたいかという志の高さに依存し、アリストテレスのいうフロネシス(賢慮)、すなわち、価値、倫理についての思慮、分別を持つことにより、全体の善という目的を達成するための最善の判断と行為を実践できる能力が求められる。
 以上が知識創造の理論の概要であるが、その理論的背景をフッサール、ホワイトヘッドの人間の主観に中心を置く哲学、ドラッカー、シュンペーターをはじめとする経営学者の考え方、そして、野中学派の学者たちの研究成果によって裏付けている。さらに、エーザイ、YKK、セブン・イレブン・ジャパン、ファーストリテイリング、キャノン、三井物産等の日本の企業の理論展開の実践例が解説されている。中でも、トヨタ自動車の「21世紀に役立つ車づくり」を実現したプリウスの開発物語は知識創造の結集といえる。
 研ぎ澄まされた一言一句の言葉、一行たりともゆるがせにしない説得力のある美しい文章は頭と心に響くものがある。
 知識創造を品質創造に置き換えてみたとき、SECIモデルは、PDCAサイクルに相当し、ビジョン、対話と実践、場、リーダーシップといった促進のための要素は、TQMの推進にも共通するものであることに気づく。知識創造の理論と実践例は、これからのTQM推進のために学ぶところが多い。                    (杉山 哲朗)