本書によれば、今や企業価値の30%以上をブランド価値が占めるといわれる。
著者ステンゲルは、プロクター&ギャンブル(P&G)のGMO(グローバル・マーケティング・オフイサー)を務めた後、企業コンサルティングを行うと共に、UCLAアンダーソン経営大学院で教鞭をとるマーケティングのプロである。後進にキャリアを伝承するために、現場の知見を理論化して教科書にしたのが本書である。
2000~2010年に業績とブランド面から目覚ましい成長を遂げた企業(ステンゲル50と呼ぶ50社)が、同等のライバル企業と違うのは、「人々の生活をよりよいものにする」ことを目指すブランド理念を掲げ、それを経営システムの中に徹底しているという。
そして、ブランド理念を実践し成長するためのブランド理念の木と称する、① 人間にとって大切な5つの基本的価値(喜びを感じさせる、結びつくことを助ける、探究心を刺激する、誇りをかきたてる、社会に影響を及ぼす)のいずれかの側面で「人々の生活をよりよいものにする」に関わるブランド理念を発見する。② ブランド理念を軸に企業文化を構築する。③ ブランド理念を社内外に発信し、社員と顧客の両方で共有する。④ ブランド理念に沿って、理想に近い顧客体験を提供する。⑤ ブランド理念に照らして、ビジネスの進歩の度合と社員の仕事ぶりを評価する、の5つの行動原則を挙げている。
そして、グーグルの「人々のあらゆる好奇心を瞬時に満たす」、IBMの「賢い地球を築く」等のブランド理念を挙げ、P&Gでの体験と、ステンゲル50の企業の実践例から5つの木を解説している。当たり前のようであるが工夫と実践していることが素晴らしい。
例。ご承知のように、パンパースは、P&Gが開発した赤ちゃん用の紙オムツである。一時、ライバルにトップの座を奪われそうになった。停滞の原因は、紙オムツの機能は、吸水・乾燥性にあるとする技術陣の誤った評価基準にあった。改めて世界中の母親たちの過ごす時間と行動を徹底的に調査した結果から、母親たちの関心事は子供の健やかな成長であること(とくに、生まれてから、おすわり、はいはい、よちよち歩き迄の3年間)が判り、赤ちゃんの成長を助けるパートナーになるというブランド理念が生まれた。そして、成長段階ごとの紙オムツの開発、赤ちゃんと母親をオフィスに招待して社員と交流する機会を持つ、赤ちゃんや子供のケア、さらには妊婦のアドバイスをするウェブの構築等々、ブランド理念を実践するさまざまな手を打つことによって挽回することができた。
高次の理念を持って働くことの意義を示す話がある。男性向けの理髪店で働いている人に「あなたの仕事はなんですか」と尋ねた時、「髪を切ることです」というのが普通の答えである。しかし、「お客様にしばしの非日常的な時間を過ごさせ、現実を忘れられる場を提供し、心地よい体験を味あわせたうえで、新しい人間に生まれ変わったような気分で家に送り返すことをめざしている」と答えたらどうだろう。優れたビジネス理念を掲げ、それを実行している企業は、顧客、従業員、社会のあらゆる人々の生活の質を高めている。
著者は、日本の企業は、製品の機能に関心を持ち、ものづくりのプロセスの改善によって成功をもたらしてきた。もっと、顧客体験、サービス、コミュニケーション等の世界でイノベーションを起こし、ビジネスを成長させていって欲しい、と提言している。
(杉山 哲朗)