技術や商品力があるのに、ソニー、シャープ、パナソニックといった電機メーカーが、世界的に低迷しているのはなぜだろうか。その一つの答えがここにあるように思われる。今や、自社だけの資源によるイノベーションではなく、パートナーと協働してエコシステム(生態系)全体として、戦略的なイノベーションを進めていくことが求められている。本書で紹介するワイドレンズ(広い視野)のイノベーション戦略は、そのための考え方とツールを提供し、アメリカのビジネス界でも高く評価されている。
エコシステムのイノベーションには2つのリスクがある。① 自身のイノベーションの成功は、パートナーのイノベーションの商業化に依存するというコーイノベーション・リスクである。ミシュランはPAXシステム(タイヤがパンクしてもある程度走行することができ、修理工場まで行って修理できるランフラットタイヤ)を開発した。そのための要素技術の開発には成功したが、タイヤを修理できる工場が無いという障害で、イノベーションに失敗した。② パートナーが、イノベーションを受け入れなければ、顧客が最終提供価値を活用できないというアダプションチェーン・リスクである。マイクロソフトのオフィス2007は、2003より優れたソースコードを持ち、信頼性も高く、機能も多かった。しかし、企業のIT担当者は、初めは劣っている2003を使い続ける方を選んだ。それは、製品価格、機能よりも変更に伴うコストとリスクが大きかったからである。
こうしたイノベーション・リスクを明らかにし、イノベーションの成功確率を高める検討のために、価値設計図で整理する。即ち、プロジェクトの鍵となるサプライヤーやエンドユーザー迄の仲介業者の位置づけをフローチャートで示し、価値提供のためのそれぞれの行動を明らかにする。そして、システム全体で提供価値の可能性と、パートナーの状態を、青、黄、赤のようにリスクを評価して成功シナリオを検討する。さらに、イノベーターの実行課題と補完者のコーイノベーションの課題を整理した先行者マトリックスから、イノベーションの的確な実行タイミングを検討する。これらは簡単な見える化のツールであるが、複数のマネジャーの意見が分かれた時、その前提を明確にし、コミュニケーションと対話を可能にする。携帯電話、電子書籍端末、電子カルテ、電気自動車等の実際の成功例と失敗例を使ってワイドレンズの視点とツールの活用を明快に解説している。
そして、エコシステムで継続して成功していくためには、最小限の要素によるエコシステム(Minimum Viable Ecosystem)の構築、段階的な拡張とエコシステムの継承と活用が大切であり、アップルのiPod 、iPhone、 iPadの一連の開発は、その成功例である。
イノベーションの成功確率は10%くらいしかないかもしれない。しかし、ワイドレンズにある思考プロセスと見える化のツールを的確に活用していくことによって、死角を明らかにし、問題が発生する前に課題を発見し、効果的、かつ効率的に成功への確実な道を開拓できる。技術革新だけでは市場創出はできない。お客様重視、正しいシステムをつくって、正しくやる、競合との競争に負けない、というマネジメントだけではブレークスルーはできない。これからの日本には、パートナーとの協働によるエコシステムのイノベーションが求められている。戦略立案の参考にしていただきたい。 (杉山 哲朗)