世界の技術を支配するベル研究所の興亡 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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 現代社会のコンピュータ、情報・通信技術、と多くのエレクトロニクス技術は、ベル研が生んだ技術のDNAによる。ベル研の歴史を詳述した本書の英文は、“IDEA F ACTORY”といい、貴重なイノベーション研究の資料である。ベル研の絶頂期であった1960年代末には、博士1200人を含む1万5000人が働いており、13人のノーベル賞受賞者を輩出した企業研究所として尊敬される。多くのノベーションを生んだ背景の一端を紹介したい。
1.明解な研究目的。ベル研の目的は、「二人が世界のどこにいようとも、相手が目の前にいるように会話ができるようにする。そして、それを経済的、効率的にできる設備を考案し開発すること。そのために、システムの改善とシステムの経済性を高めること。」である。イノベーションの目的は、新しい技術を生み出すこと、そして、技術に求められることは、機能性に優れているか、安いか、もしくは、その両方である。
2.アイディアを実現する組織。ベル研は、基礎研究部門で基本的な問題に取り組む科学者、開発部門で働く応用科学者、そして、ウェスタン・エレクトリックの製造部門の技術者のチームが協働する組織であった。新しいアイディアは、基礎科学と応用科学の相互作用や、様々の学問の交わりから生まれる。創業時には、人間のコミュニケーションに関係することは何でも研究するということから、物理、化学、冶金学、電子工学、音響学、数学、生理学、心理学等、多くの研究者を集めた。また、研究者同志がお互いに知り合い、問題やアイディアを交換し合うチャンスをつくるために、長い廊下を作るといったオフィス環境にも配慮したという。トランジスタは、固体物理の勉強会を始めたショックレーをリーダーとする、バーディンの理論屋、ブラッティンの実験屋による研究成果である。
3.天才を育て、活かす組織。トップを務めたケリーは、「リーダーシップ、組織、チームワークも重要だが、最も重要なのは個人である。創造的なアイディアや概念は、個人の頭の中で生みだされるからだ。」と言っている。シャノンの論文は、一人の人間がある分野を創造し、主要な理論をすべて証明したものである。伝送路容量と情報量を調整する通信システムの設計に関するもので、コンピュータの設計にも多大な影響を与えている。田口玄一博士は、一時、ベル研で研究したことがあるが、SN比の考え方は、シャノンの理論の応用である。また、機能性とコストを強調されていたこともベル研での影響であろう。
4.実用化研究。電話システムは40年の寿命が求められる。そのためにどんなささいな部品も繰り返しテストし、信頼性を確認した。高所作業者が使用する革ベルトの堅牢性は、様々な材料をテストして強度設計をし、安全基準を作った。電柱に最適な松を選定し、根元10フィートまで地中に埋めて、約10年にわたり劣化状態を調べた。仕様書どおりの品質を工場で実現するために管理図を考えたシュハートは、ベル研の統計学者であった。
 最後に、衛星打ち上げの研究に携わったピアースが述べるベル研の成功要因を挙げる。① 経営トップを含めて管理職が技術に精通していること、② 研究者が、資金を調達する責任を負わないこと、③ 1つのテーマやシステムに関する研究が何年にもわたって続くこと、また、それが当然とされること、④ ある研究を打ち切ることになっても、研究者が責められないこと、である。
 次に、世界を動かすイノベーションと目されるエネルギー、バイオテクノロジーの研究成果を生み出す研究所の出現を期待するものである。          (杉山 哲朗)