著者の三宅秀道氏は、15年で、1000社近くのベンチャー企業の新製品開発事例を調査してきた新製品開発論の学者である。今、日本は、画期的な新商品が出なくて困っているが、技術偏重ではなく、価値創造、新市場の創造についての新商品開発のヒントが満載である。東大の藤本隆弘先生も「本書は、要注意の本だ。商品企画の根本に戻り、イノベーションの王道を行かんとの志を持つ人々に」と、本書を勧めている。
生涯1300件もの発明をしたエジソンは、なぜ、ウォシュレットを作れなかったか。ウォシュレットは温水器、ポンプから構成され、電力を駆動源とする商品である。新市場の創出には、技術的、社会的、経済的、文化的の4つの制約条件があるという。エジソンの時代でも、他の3つの制約はクリアできたと思われるが、「お尻を洗いたい」という文化的制約が適わなかったから、ウォシュレットは生まれなかったのである。私も日本人ほど清潔好きの民族はないと思うが、ウォシュレットが、日本で発明された理由であろう。
著者は、「問題発見」ではなく、「問題発明」が大切で、問題が解決され、幸せがもたらされると文化が開発されるという。日本は、発見された問題について技術開発をするのは、得意である。小さくする、薄くする、軽くする、歩留まりを上げる、品質を向上する等々。このような技術開発が必要になるのは問題が発明されてからである。
日本で、新しい文化をつくった商品開発の例として、子供がプールでかぶる水泳帽がある。1970年頃から、学校にプールができ、プール教育が行われるようになった。この時、子供の識別のためにいくつかの色や名前をいれた水泳帽が必要になり、フットマークという会社は、水泳帽というモノだけでなく、どのようにして使えば便利か、使った成果をどのようにして評価するかというソフトを整備して教育界に提供した。そして、プールでは、水泳帽を着用するという新しい風習ができてきたのである。他にも新商品開発の例として、
・ワイングラスの口が、なぜすぼまるようになっていったか。ワインの瓶の口を締めるのに、コルク栓が採用されるようになり、ワインの魅力は香りを楽しむものに変わってきた。ワインの成分をグラスの中にため込むために、口をすぼめるようになった。商品の価値は、それが消費される場と関連して、全体として変化していくのである。
・大阪ガスは、オール電化に対抗するために、その使い方に着目。ガス機器メーカーと協働して、例えば、ガスコンロの火が燃焼している状態を見やすくする設計、火災防止用の温度センサーの設置等を開発した。商品開発は、モノではなく、それらを構成する全体、生活スタイルをデザインすることが大切である。
・小林一三は、阪急電鉄をつくったが、単にレールを引き、列車を走らせ、人を運ぶだけのビジネスに止まらなかった。宅地開発、デパートを作る、宝塚歌劇を作る迄、社会全体やライフスタイルまで根こそぎ、文化を開発したのである。
開発のしかたとしても、消費と生産の場で改善のサイクルを回して完成度を高めていくことが大切で、一人の担当者が一気通貫で企画から開発、生産を任せるというやり方で、成功した水中運動着の開発事例や組織のあり方等、多くの事例を紹介している。
そして、新しい文化の開発につながり、お客様と共感を持てる、新しい商品の創出を目指せと、商品開発担当者へのエールを送る。 (杉山 哲朗)